
スイム(水泳)、バイク(自転車)、ラン(ランニング)・・・、いずれの種目を経験したことがないという人はいない、と言い切ってしまうことができるほどの身近なスポーツ。ところがこの3種目が一つの競技になると、その姿は鉄人レースへと豹変してしまう。
競技自体を観戦したことがなくとも、過酷という二文字は誰もが刷り込まれている。そこに集うアスリートといえば猛者揃いというイメージに支配されてしまうだけに、トライアスリートの上田 藍選手に会ったとき我が目を疑ってしまった。身長はわずか155cm。一般的な成人女性にも満たない体格だっただけに、強豪ひしめく外国人選手達とよくぞ渡り合っているものだと、誰もが興味という触手を動かされてしまうだろう。
「グリーンピア三木で開かれた大会に初出場したのですが、そこで優勝することができたんです。水泳はややブランクがあって出遅れてしまったのですが、アップダウンが激しいバイクのコースも、自分でもビックリするぐらいスイスイ行けて。最後のランニングは現役ですから、他の選手をグッと引き離して勝利を手にすることができました。勝ちに飢えていた時期だったので、本当にうれしかったし、気持ちよさがこみ上げてきました。つぎはぎの練習でも結果がついてきたので、これで本格的な練習に取り組めばもっと強くなれるじゃないかって」
この大会を終えて決意したのは、オリンピック選手。いくら伸びしろがわかる中での優勝とはいえ、この大胆さに驚かされるが、これだけ打ち込めるものを持っているのは、むしろ幸せなのかもしれない。
すでに北京五輪を経験し、円熟味を増している上田選手。自身も「マラソンと同じように油が乗りきる年齢は30歳前後です。ロンドン五輪が開かれる12年には、私は28歳。北京の経験を踏まえ、いい戦いができると思います」と手応えを感じているのは、6月に開かれた世界選手権シリーズで7位入賞を果たすなど、3戦を終えて入賞は2回目となった。目標を伺うまでもなく、「ロンドン五輪でのメダル獲得」と力強く語ってくれた。トライアスロンにおいて日本人初となるメダルの栄冠を掴むための戦いは、すでに始まっている。
「世界選手権シリーズ3戦目はラン・パートで猛追し、自己ベストを更新しながらの7位。自信もつきましたが、ゴール後に入賞圏内の選手達が祝福に来てくれたのはうれしかったですね。ライバルに認めてもらえるのは大きな力になります。私の場合、スイムに課題が多く、差を付けられますが、それだけに誰よりも、もがき方をしっているので、追い込みが一つの武器にもなっています。だから早い段階でトップ集団に食い込めば、得意のランを生かしていける。バイク・パートにおける他選手との協力体制は欠かせません。とはいっても人任せではどんな展開になるか読めません。これまでの経験を生かし、自分は行きたいんだ、という強いメッセージを送っていかなければならない。その意味でも夢の実現はすでに始まっているんです。オリンピックまでに残されたレースで常に勝ちを意識して臨んでいきます」
いまでこそサングラスはスポーツにおい

ても重要なアイテムとなっている。すべてがサングラスではないが、眼の保護という観点からもすべての種目でアイガードが求められているのが、トライアスロンでもある。上田選手のビジョンを支えているは、スミスだ。
「これまでサングラスではいい思いをしたことがなかったんです。大きなデザインが多くて、どうしてもズレしまう。ところがスミスと出会ってから、この問題も解消されました。頭を振ってもズレません。バイクは振動だけでなく、風も大きく影響します。レンズと眼の間に風が入り込んでその風圧でズレてしまうのですが、これもクリア。しかも鼻パッドが交換できてフィット感も抜群なんです。またレンズも自分で交換できるから天候に合わせたレンズカラーを選べるのは、レースはもちろん遠征に欠かせない機能なんです」
全文は是非、本誌でお楽しみください。
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うえだ あい
1983年10月26日、京都府生まれ。4歳から水泳をはじめる。中学時代は水泳部に所属しながら、持ち前の脚力が認められて駅伝の選手としても活躍。中学3年生の時、全国3位になり、自身も区間賞を獲得。高校時代は陸上部に所属。目立った成績を残せなかったが、水泳と陸上が生かせるトライアスロンの世界と出会う。初めて大会に参加した3年生の時に見事優勝を収め、トライアスロンに進むことを決意。高校卒業と同時に千葉の稲毛インターナショナルトライアスロンクラブで本格的な競技生活をスタートさせ、ジュニア、U23クラス、そしてエリートクラスへと着実にステップアップし、08年の北京オリンピックに出場する。17位と不本意な結果で終わったが、その悔しさをバネに目指すは、12年ロンドンオリンピックでの表彰台。
オフィシャルHP:www.aiueda.com