
どんな時代にも傑出した才能を持ったスター選手は現れるものだが、プロゴルファーというスタイルを一新したプロとしてすぐに思い浮かぶのは、芹澤信雄選手。ゴルフ歴わずか9年にして初優勝を遂げる実力とともに、ファッションリーダーとして、多くのファンを獲得してきた。今シーズンからはシニアへも参戦するが、その爽やかさはまったく色褪せていない。芹澤選手も弱度とはいえ近視であったが、グリーン上でのプレイに支障を来し、近視手術を決意。パット・イズ・マネーの意味するところは大きい。
「視力は0・3ぐらいですから、それほどの強い近視ではなかなったのですが乱視が強いようで、グリーンの傾斜を読むことができなくなってきた時期があったんです。コンタクトレンズを試したら、どうも僕には合わないし、成績もついてこなかったんです。こうなったら覚悟を決めるしかないと、近視手術を受けたんです。本当によく見えるようになって、世界が違うという感覚。その年の2000年には、優勝することができました。久しぶりの優勝ですから本当にうれしかったのですが、インタビューで視力のことを話したら、目に関する取材ばかり。誰もゴルフのことは書いてくれなくて、ショックでしたね(苦笑)」
4年ぶりの優勝を遂げた裏には、視力の回復が大きく貢献していたのも事実だが、もう一つ大事なアイテムが芹澤選手のプレイをサポートした。それがサングラス。
「よく見えるようになったのは大歓迎ですが、何故か陽の光がこれまで以上に眩しくて。当時、サングラスを掛けることはよくないという風潮があったので悩みの種でもあったんです。でもこの頃からPGAのD・デュバル選手や、日本では宮里藍選手が掛けはじめ、ようやく受け入れられるようになってきたんです。もっとも僕の場合、サングラスは必要不可欠な存在に変わりません。優勝できたのはサングラスを抜きに語ることはできないんです。サングラスを着けている選手で優勝した選手は僕が第一号。これで山本光学(スワンズ発売元)さんが契約してくれたんだと思います」

フェアウェイを颯爽と歩くその姿は今年からのシニア入りが信じられないくらい。それでも歳月は平等に過ぎていく。節目を迎えたいま、芹澤さんは現役にこだわりながらも、ゴルフというスポーツを通じてスポーツマンシップの回帰を今後の目標とする。
「最近は解説の仕事が増えてきていますが、引退したのかといわれてしまうので、あまりやりたくないというのが本音。マスターズの解説でオーガスタに行った時、中島選手と夕食をご一緒させてもらったのですが、『お前はそのままのスタイルを生かすべき』と言ってくれたんです。だから解説もシニアにも出ろ、と。これで吹っ切れました。節目を迎えたからこそ自分らしくマルチにやって行こうと思います。正直、シニアは未知数ですからどこまでできるかわからない。またレギュラーツアーにも出て緊張感を維持しながら、現役にこだわっていきたいと考えています。ゴルフあっての僕ですから。アメリカのシニアにも興味がありますし、ちょっと欲張りですが、興味が薄れてしまってはいけないんです。その一方ではゴルフアカデミーを創出できたらうれしいですね。プロ養成と一般の方々が受講できる体制で。ゴルフのルールブックのはじめにマナーが出てきます。それなのに最近の若手はその認識が薄れてきている。いくら当人がいいといっても、目上の人を君づけするのは、違和感を覚えてしまうんです。仲良きことと礼儀はまったくの別物。アカデミーに通う生徒はマナーがいいといわれるように、人間性に優れたゴルファーを育ていきたいですね」
オフィシャルブログ
http://
serizawa-nobuo.cocolog-nifty.com/