private eyes magazine

 

 


 

 


僕の目は遺伝で小さい頃から悪かったんですよ。ただ、目が悪いことを両親や僕が知ったのは小学校に入学するときに受けた検査がきっかけでした。すぐに眼医者さんに行って、眼鏡を作ってもらって、初めて眼鏡をかけたときの感激はいまも覚えています。
  まず「ママはこんなに美人だったんだ」とびっくりしました。それまでは、風景にしても人の顔もぼんやりとしか見えなかった。そのときまで、世の中はそういうものだと思っていたんです。生まれたときから、僕の目に映るものはみんなぼんやりしていて、鏡に映る自分の顔だってぼんやりしか見えなかったですから。だから眼鏡をかけて、世界はこんなふうだったんだとわかったときは本当に、すごいなと思った。   でも小学校では眼鏡をかけていることでからかわれたり、いじめられたりしました。どうしても眼鏡をかけている子どもはターゲットにされやすいからね。蹴られたりしたこともあります。さらに僕は片方の目が弱くて、一方の目だけで見るクセがあったため、一年生のときは片方の目に黒いアイパッチをさせられたんですよ。海賊がしているやつですね。だから余計にからかわれた。
  英語では眼鏡をかけている子はFour Eyes、「四つ目」っていわれるんです。さらに僕のように分厚いレンズの眼鏡は、「コーラ瓶の底のような眼鏡」といわれる。日本に来て、「牛乳瓶の底のような」という表現があることを知ったときは、どこでも同じような表現があるんだなとびっくりしました。
 とにかく眼鏡をかけている男の子は弱虫のイメージがあるし、実際スポーツは下手だったし、勉強も得意ではなかった。だからものすごく暗い子だったんです。
■生き方を変えてくれた母親の言葉  
眼鏡をかけていることでいじめられ、内気な子どもに育ったケントさんが、がらりと生き方を変えたのは小学四年生のとき。同級生にいじめられて泣きながら家に帰ってきたケントさんを優しく慰めてくれたお母さんの言葉がきっかけだった。  
  僕の目が悪いのは父からの遺伝だったんです。それで家に帰って母に「この目をなんとかして」と泣きながら文句をいった。すると母は僕と一緒にソファに座って慰めてくれて、それから三つのことを語ってくれました。いまでもよく覚えているけれど、ひとつは「お前は価値のある人間だ」ということ。そのときの僕は学校ではからかわれているし、友だちもいないし、勉強もうまくいってなかったから、僕は自分に価値があるとは思っていなかった。でも母が心からそう言ってくれたおかげで、それを信じることができたんです。
 二つ目には「外ではいくら辛くても、家の中に入れば天国。家でお前はとても愛されているんだ」ということ。何のいいところもないと思っていた僕を、母が本当に心から愛してくれているということが伝わってきて、嬉しかった。  そして三つ目は「いまお前を辛い目に合わせている眼鏡は、きっと将来チャームポイントになる」。実をいうと、このポイントだけは子ども心に「ほんとかよ?」と思ったんだけどね(笑)。
 この日から僕は自分の生き方を変えようと思ったんです。それまではいじめられるから、いつも守りに入っていたけど、母の話のとおり、僕に価値があるなら、周りのことは気にせず、自分のいいところを出していこう、自分から攻めていくことにした。  それで、まずいじめられる原因だった眼鏡を使って、みんなを笑わすことができないかと考えた。僕の眼鏡って、虫眼鏡みたいだから、かけると目が大きく見えて面 白いでしょ。それを学校でみんなにやって見せたら、大受け。みんなが眼鏡を貸してって頼んでくるようになった。
 あのとき人って不思議だなと思いましたね。それまで眼鏡が原因でからかわれていたのに、今度はみんなが僕の分厚い眼鏡をうらやましがるようになる。あのとき、僕は人生の真理を少し学んだと思います。あれ以来、僕は生き方を変えたんです。
 中学生になると友だちも増えて、自信も出てきて、高校になるともう周りのことを気にせず生きていけるようになった。なんと高校三年生のときには生徒会長になった。
 だから眼鏡によって、僕の性格は作り上げられていったんだといってもいいと思います。眼鏡をかけていなかったら、きっと今とは全然違う人間になっていたんじゃないかな。


ケント・デリカット 1955年生まれ。1974年にモルモン教の宣教師として2年間北海道に滞在。その後アメリカに戻り、プリガムヤング大学を卒業。大学在学中に貿易会社を設立。83年に再来日、輸出入、企業コンサルティングを行う。84年フジテレビ「笑っていいとも」出演をきっかけに、独特のキャラクターが人気を呼び、テレビタレントとしても活躍。著書に「パパになる!」などがあ

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■日本で、テレビタレントとして活躍するまでの秘話、コンタクトのしようとしたら子ども達に大反対されたこと、ケントさんのフレーム選びなどについて語っていただきました。

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