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ジーンズというものは、ジーンズ以外の呼び方があるなんて考えたこともないくらい、イメージの固まったアイテムになってしまっている。また、デニムは?といわれたら、生地の名前だというくらいは知っている。しかしデニム地を使って作ったもので代表的なものはと聞かれたら、すぐにジーンズを思い浮かべられるだろうか。ジーンズとデニムは、少し意外な組み合わせのような感じがする。
デニムという語源は、Serge de Nimes(サージ・デ・ニム)という、フランスのニームという場所で織られた綾織りのサージ生地のことをいう。アメリカ生まれで、アメリカそのものといったイメージのジーンズがフランスと関係が深いとは、さらに意外な感じがする。この呼び方は、メイド・イン・USAなどといった言い方と同じように、産地を示すde
Nimesの部分がデニムと呼ばれるようになったと言われている。ではデニムは生地の名前で、ジーンズはそれで作った衣料なのかというと、どうもそうではないらしい。実はジーンズもデニムと同様、本来は生地を指す名前で、私たちが普段はいているジーンズといってすぐ思い浮かべるブルーのズボンを指すわけではなかったというのだから、なんだかややこしい。
百科事典を見てみると、デニムはよこ糸に紺色の糸を用い、たて糸に白糸を使って綾織りに織られた織物とある。綾織りというのは表地によこ糸が出て、裏地にたて糸が斜目になって織り上げられることである。部屋にあるジーンズを裏返してみると、確かに密に織られたたて糸が斜めに走って白がかった色になっている。どうやらジーンズはデニムと同じ綾織りの生地で作られているようだ。
ともあれ、ジーンズをはく時間というのはおそらく殆どの人が、自分の好きな自由な時間ではないだろうか。Tシャツにしてもアロハにしてもジャケットを着るときでも、ベースはいつもジーンズではないだろうか。例えばマニアでなくても、たまたま気に入ったジーンズが2万円近くしたとして、はく度合いや時間、年月のことを思うと気持ちの良さから考えても安い感じがしたりする。新品の時、色落ちしてきた時、すっかり色落ちした頃、どの時期もジーンズというものはその時その時の心地良い質感があるものだ。
気楽にはけて心地よくて丈夫だとか、いろんな理由があるんだろうけど、ジーンズをはく最も大きい理由は、自分自身のスタイルのスタンダードであるからではないだろうか。
ジーンズというものは、遙か昔から人々の生活と共にあったものだが、人前で堂々と履いていけるというようになったのはジーンズがアメリカのライフスタイルとして、ある程度認知され始めた時期、それはハリウッド映画にジーンズが本格的に登場した1950年代からである。
ジーンズを初めてハリウッドの映画ではいたスターといえは、マーロン・ブランドが記憶されるべき人物であろう。映画「乱暴者」、監督はラズロ・ベネディック。記憶に薄い名前だが、暴走族をスクリーンに初めて出現させたという点では記憶されるべき作品である。この映画ではバイクに乗る男のスタイルとしてジーンズと革ジャンが登場する。1954年、なんと47年も前の映画であるが、1924年生まれのマーロン・ブランドはこの時既に30歳。暴走族がこの時代からいたというのも驚きだが、その服装が基本的に今日とほとんど変わっていないというのもまた驚くべき点である。マーロン・ブランドという男の匂いがムンムンするスターにゴワゴワのジーンズはいかにも似つかわしく、それは同時にモノクロ映画というものも表現しているような気もする。世界のGNPの半分をアメリカ一国で生産していた時代であり、アメリカが世界の中心に飛び込んで行った時代であった。
ジーンズが世間に認知されアメリカが世界のリーダーになり、マーロン・ブランドがハリウッドで地位
を確立するのはほぼ同じ時期である。三者はどこかで軌を一にしている。アメリカの最高の衣料ジーンズが、マーロン・ブランド
と相性が良いのはこのためなのだ。さらに、もう少し奥を探ると、ジーンズを履くと少しセクシーな気分になるという声をたまに聞くが、ジーンズがセクシュアルであるというのは、その縫製が腰の線をあらわにするものであるという意味と同時に、それまでのおとなしいカッティングのズボンと異なり、どこかで人間の奥深い部分を開放的にさせるという働きを持っているからなのである。
このジーンズの持つセクシュアルな部分と、マーロン・ブランドがハリウッド映画で一貫して訴え続けている男くささの中にそれを持て余していた部分が、どこか共通
しているのに気づく。そして、当初はジーンズが禁じられた衣料とも言われたり、教室にはいて行ってはならないと大学教授に禁じられたりしたのも、実は同じ理由からなのである。どこか身体をムズムズとさせてしまうジーンズのはき心地とマーロン・ブランドという俳優のキャラクターには相通
じるものがある。戦後最大のスターと呼ばれるのはここにその原因があるのではないだろうか。
アクターズ・スタジオでジェームス・ディーンの少し先輩にあたるマーロン・ブランドはディーンとほぼ同じ時期にスターになった。ディーンもブランドもジーンズという接点では共通
するが、ハリウッドでこれほど異なるキャラクターも珍しい。ディーンは青春のうつろいやすさとナイーヴさを、ブランドは青春の生臭い部分と野心を、それぞれジーンズによって象徴している。これは、ジーンズという衣料の持つ両面
をはからずも代表しているのに気づく。それ以後スターとなり、大人に脱皮してからのマーロン・ブランドはスクリーンの前ではジーンズをはくことはなくなった。唯一、自ら監督となった西部劇『片目のジャック』では、メキシカン風のズボンをはいているが、これはジーンズ以上に腰にピッタリとして、男性的な腰のラインをしっかりとみせつけているのもおかしかった。人々はバイクにまたがってジーンズを履いていたマーロン・ブランドを青春のメモリーの中にしまっている。そして、青春という言葉が欲望と同義語である部分を持っている以上、そのあらわな腰の線と荒々しい男臭いマーロン・ブランドというキャラクターに、共通
のセクシャル的な何かを感じるのである。そこでは、ジーンズはひとりひとりの個人的な悩みや思いを象徴している。チノパンに青春の悩みを見出すことは、まず無理な話であろう。こういうアイテムは他にはない。ジーンズこそが、いつの時代においても唯一絶対の青春の衣料なのだから。
アメリカのテレビ放送は、1940年代に始まり、第二次世界大戦終結後、1950年代を迎えその黄金時代に突入する。これに呼応するように1950年代半ばから日本でもスタートしたテレビ放送は、本家アメリカ同様に、テレビドラマシリーズをラインナップし、プログラムの充実を図るのである。数多くの人気番組が登場したが、日本の初期のテレビ番組の花形は何と言ってもアメリカで制作されたテレビシリーズ、ウエスタンに集中したのである。ハリウッドで制作されたテレビ・ウエスタンは、次第に制作本数が減っていく劇場用西部劇を尻目に着々と制作本数を増やした。それと同時に多くのスターを生み出していくのであった。なぜ、テレビがウエスタンを得意としたのかというと、ウエスタンというストーリー性のパターンがシリーズ化に向いていたということと、ハリウッドのスタジオにはそれまでウエスタンを撮影していたスタジオがたくさんあったこと、さらにスタジオの外に一歩出ればいくらでもウエスタンの撮影が可能であったロス・アンゼルスという街の地形が背景にあったからなのである。また、当時のテレビ視聴者の中心であった子供にとってウエスタンは絶大な人気であったという点も大きい。ローン・レンジャーといった当時のヒーローは子供達にとっては英雄だったのだ。お子様向けの西部劇は初期のテレビ・シリーズにおいて非常に大きな部分を占めていた。そういった中、お子様のためだけの存在であった西部劇にやがて大人テイストを持った一人の男が現れる。それは1950年代の後半であった。お子様向けの他愛のないウエスタンの世界に、大人の恋や複雑な人間ドラマを持った西部劇が現れたのである。当時これはアダルト・ウエスタンと呼ばれた。アダルト・ウエスタンの先駆けとなったのはジェームス・アーネスの『ガン・スモーク』で、このシリーズはアメリカで最長オンエア記録をを誇った番組である。
この『ガン・スモーク』の成功が、アメリカの三大ネットワークにアダルト・ウエスタンの存在を印象づけるに至ったのである。NBCの『ガン・スモーク』に続けと、ABCはリチャード・ブーン主演の『西部の男パラディン』を、そしてCBSは『拳銃無宿』をと、アダルト・ウエスタンは大いに当たり、お子様向けを越えるほどの勢いとなった。その成功はテレビを大人のものにしてしまった。そしてこの『拳銃無宿』で主人公を演じた若者がハリウッドで劇場用の作品に出演するのである。賞金稼ぎ、ジョッシュ・ランダル役に扮したその役者の名前はスティーブ・マックィーン、1930年イリノイ州生まれ。『拳銃無宿』スタートの時、彼はまだ28歳であった。
アメリカ人にしては小柄で身長170センチ程のスティーブ・マックィーンは日本では異常に人気の出たスターである。ハリウッドで劇場用映画に立て続けに出演し、それぞれが成功した時も日本のファンはスティーブ・マックィーンに対して我が事のように喜び、大いに彼の応援に回ったという。 『拳銃無宿』の後、ジョン・スタージェスの『荒野の七人』、『大脱走』と続く活劇シリーズは、スティーブ・マックィーンをハリウッドのメジャーに育て上げていく。その時テレビ時代から彼をひいきにしていた日本のファンは、自分たちの目の高さを誇ったのであった。1960年代の半ばの話である。マックィーンは、ジーンズをそれほどジーンズらしく履いていた役者ではなかったのだが、そのズボンのシェイプはジーンズに酷似していた。アメリカ人にしては小柄でスタイルもイマイチで、胴長でどちらかというと脚の短いマックィーンは、逆にそういったところが日本のファンに親近感を与え、それが魅力として映ったのである。マックィーンは普段ではジーンズを履く事が少なかったが、脚が短かったという体型のためか、かなり注意深く縫製されたジーンズをはいていたという。やがて人々は、ジーンズに完璧な体型は不要だということを知り、ジーンズというズボンのはきこなしかたを彼のスタイルから感じとっていった。そして、スティーブ・マックィーンはジーンズの似合うスターとしてのステイタスを得る事になったのである。
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