|
鎖国時代に日本で唯一
外国に対して門戸を開いてきた長崎。 十六世紀中頃から西洋の文明に刺激を受けながら
独自の文化を生み出してきた。 ノスタルジックな洋館、石畳の坂があるかと思えば、
極彩色の唐寺など異文化の栄華を今なお色濃く残す。 そしてエキゾチックな街、長崎はまた同時に
日本最古、発祥の宝庫であった。
やはりというか、「長崎は今日も雨」だった。雨男という迷惑な異名をいただくが、沖縄(創刊号)に続きまさかの雨。この日のためにカメラを新調した同行カメラマンが横で恨み顔しきりだが、雨の長崎はまた一興かもしれない。雨男が言うのは何とも説得力に乏しいが、雨はこの世の憂さを全て洗い流してくれる、と勝手に思い込むことにして、異国情緒あふれる長崎での最古と発祥探しの旅情にしばしお付き合いいただきたい。
長崎といえばまず初めに思いつくことといえば、やはり鎖国時代でも唯一貿易を行っていた出島であろう。中学生の時だったか歴史の教科書に載っていたのをおぼろげながら記憶している。そこに描かれていた出島は西洋の文明が詰まっていて大規模なものを連想させる四方を海に囲まれた人工の島だった。
その出島和蘭商館跡は市内を流れる中島川の河口付近にあった。しかしその姿はかろうじて川に面
した部分が弧を描く形で原形を残すのみ。四方を囲む海の姿はなく地続きで、印象的だった扇形の姿はそこにはなかった。それは幕末以降の埋め立て政策であり、今ではすっかり市街地の中に違和感なく埋もれてしまっている。
中略
 
崎ランタンフェスティバルは中国の旧正月前後の約10日間開催される長崎の冬の風物詩。
期間中、新地、中華街、繁華街のアーケードに約1万個のランタンが飾られ、皇帝パレードなどで賑わう。

日本三大チャイナタウンの一つ、新地中華街は日本で最初に誕生している。横浜などと違い規模こそ小さく中国料理店、雑貨店など四十店が軒を連ねる。通
路も非常に狭く、しかもアーケードにように上方にかかる提灯が低い位
置にかかっているからなおさら圧迫感すら感じるのは気のせいだろうか。しかしこの狭さが心地よさすら感じさせるのは、異国情緒あふれる長崎ならではのものか。
取材滞在中は長崎の冬の風物詩となった、旧正月の前後にかけて行われるランタンフェスティバル期間中だった。極彩
色豊かな一万二千個のランタンに包まれ、この新地中華街もいつもと違う表情を見せていた。
<<private eyesマガジンでは・・・>>
聖徳太子の頃、遣唐使が持ち帰った鼈甲についてや、出島博物館、日本最古の西洋料理店、オペラ蝶々夫人ゆかりの地などが掲載されています。>
|